山茶花

1章4節349-1

椿の流行に続き、山茶花や木瓜(ぼけ)の流行で、近世日本の園芸の目まぐるしい発達を述べている。ここでは山茶花には漢名しかなく、帰化植物のように書かれてあるが、1938年の「白山茶花」では「花卉を愛玩する流行の始めは、一々の記録こそは得がたいが、少なくとも大名等が戦ひをしなくなつて後に相違ない。紅とか斑入とかの色々の珍種とともに、をかしなサザンクヮなどゝいふ名称が入つて来て、それが上層の間に行はれた結果、今まであつた凡庸の白山茶花までが、其中に巻き込まれてしまつた」とし、古名はカタシといって油をとった樹木だったと論じている(「白山茶花」1938年『豆の葉と太陽』⑫232)[岩本]

日常+日常化一方の流行の下火は、いつと無く其外側の、庶民の層へ移つて行つた赤い花