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第一章 眼に映ずる世相 / 三 まぼろしを現実に
【三 まぼろしを現実に】 所謂天然の禁色に至つては、この人間の作り設けた拘束①に比べると、遥かに有力なものであつた。今でも其力はまだ少しばかり残つて居る。我々が富と智能との欠乏の為に、どうしても自分のものとすることの出来なかつた色といふものは、つひ近頃までは其数が非常に多かつたが、仮に技術が十分手軽にその模倣を許すとしても、尚憚や模様までも出来るだけ小さくして居た。さうして是が亦衣裳以外の、種々なる身のまはりの一様の好みであつたことは、以前は町方も村と異なる所が無かつた。 つまり我々は色に貧しかつたといふよりも、強ひて富まうとしなかつた形跡があるのである。是が天然の色彩の此の雲のあやの如き、何れも我々の手に触れ近づき視ることを許... -
第一章 眼に映ずる世相 / 二 染物師と禁色
【二 染物師と禁色】 新聞は時々面白い問題に心付かせてくれる。大阪では近い頃「今沢市ならば、幾度と無く美しい色の話を聴いて居たことであらう。さうして心のうちにそれを描いて居たことゝ思ふが、それですら久しぶりに目をひらけば、意外に打たれずには居られなかつたのである。是はたつた一人の奇抜なる経験で、勿論有力な参考とは言はれぬが、仮に我々が目を閉ぢて、逆に浦島太郎の昔の日を思ひ出して見ても、やはり同じやうな変化を説くことになるであらう。明治大正の六十年足らずの歳月は、非常に大きな仕事を此方面でも為し遂げて居る。それが余りにも当り前と考へられて居た為に、誰も此盲人のやうな心持にはなり得なかつたのである。 色は多くの若人の装飾に利用せら... -
第一章 眼に映ずる世相 / 一 新色音論
【一 新色音論】 以前も世の中の変り目といふことに、誰でも気が付くやうな時代は何度かあつた。歴史は遠く過ぎ去つた昔の跡を、尋ね求めて記憶するといふだけで無く、それと眼の前の新らしい現象との、繋みがある。何か此以外に今少しく平明な、誰でも入つて行かれる実験法があつて、段々に歴史を毎朝の鏡の如く、我々の生活に親しいものとすることが出来るのでは無いか。 それには先づ色々の様式を試みて見なければならぬ。江戸の色音論は気楽であつたが、眼に見耳に聞いたものを重んじた態度だけは好い。改めて今一度、之を昭和の最も複雑なる新世相の上に、試みて見るのは如何であらうか。是が此書の編者の第一の提案である。 次には我々の実験を、特に何れの方面に向つて進...
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