渋さの極致

1章5節351-14

すでに第3節に「渋いといふ味わひ」(347-16~17)が、また第4節には「陰鬱なる鈍色」(351-3)が出てくるが、鈍色(にぶ色)とはにび色ともいい、濃いねずみ色のことで、喪服などに用いられる。定本や講談社学術文庫版では、にびいろとルビが振られてある。渋さとは、柿渋や茶渋に対する味覚の表現から、渋い顔のような苦り切った表情に対してだけでなく、渋い演技のような、派手でなく落ち着いた趣があって、地味で深い味わいを指す場合にも用いられる点が、日本ならではの価値観・美意識だともいえる。具体的には、第3節の「樹蔭のやうなくすみを掛け、縞や模様までも出来るだけ小さくして居た」(345-16~17)が、これに相当する。この価値観・美意識が日本的なのは、例えば韓国語にも、茶渋や柿渋に対して味覚的に渋い(떨따)を表す単語はあるが、それを演技や俳優などに用いることはできないことからもわかる。この語を人などに用いると、韓国では未熟な、幼稚なという意味を帯びて、日本とは正反対の義になる[岩本]

中国語では、味としての渋さは「澀」、それに対して派手でなく味わいがあることは「素雅」や「質朴」などの語彙が一般的であり、日本語の「渋み」のように両者を表す語はない[田村]

染物師以前の渋いといふ味ひを懐かしく思ふ